宮古市の人口動向は、ほかの町とどう違って見えるのか

盛岡から見たとき、宮古市の人口減少はどこか「違って見える」。
この記事では、宮古市の人口減少の理由を、周辺の岩手県内市町村と比較しながら探ります。
加えて、人口規模が近い静岡県伊豆の国市と愛知県東郷町との比較を通じて、宮古の特性を浮かび上がらせていきます。
観光、買い物、病院、道路──それぞれの町が持つ「入口」の違いから、数字では見えにくい人口の実感を考えてみました。


宮古の減り方は、数字以上に「動き」があるように見える

宮古市は、周辺と比べて本当に人口が減りにくいのだろうか。
それとも、減ってはいるけれど、生活の動きが目立つことで「減少」が見えにくくなっているだけなのか。

その違いを生んでいるのは、たぶん「人が集まる場所の多さ」だ。
宮古には、岩手県立宮古病院のような大きな医療機関があるし、行政手続きもここで完結できる。
買い物ならマリンコープDORAや魚菜市場、観光なら浄土ヶ浜や道の駅みやこ。

町のなかにいくつもの目的地があり、しかもそれらが近い距離に集まっている。
これが、人の流れを絶やさない要因になっているのではないかと思っている。

ただ、宮古のなかでも場所ごとの温度差はある。
宮古駅の周辺、国道45号沿い、湾岸部では雰囲気がまったく違う。
その違いを混ぜて語ると、町の印象がぼやけてしまう。


宮古駅前は静か。でも少し動けば、ちゃんと人がいる

宮古に着いたとき、まず駅前を歩いてみると、拍子抜けするくらい静かな日がある。
でもそのまま車で少し移動すると、まるで別の町に来たかのように人が動いているのが見えてくる。

たとえば、道の駅みやこに寄れば観光客と地元の人が入り混じり、
シートピアなあどに入れば旅行の空気を感じる一方で、駐車場には軽トラや地元ナンバーの車が並ぶ。
観光と生活が、同じ場所でうまく同居しているような不思議な空間だ。

浄土ヶ浜も大きい。
天気や季節によって来訪者の数は変わるけれど、町の外から人が来る理由としての力は今も残っている。
この「理由のある来訪」が、町の印象を明るくしているのかもしれない。


周辺市町村とのちがいは「目的地の数」にある

山田町には道の駅やまだ「おいすた」、
大槌町にはシーサイドタウンマスト、
岩泉町には龍泉洞と道の駅いわいずみ、
田野畑村には思惟の風や北山崎の入口がある。

どの町にも“核”となる場所はあるけれど、宮古ほど種類が多く、町中に散らばっている例は少ない。

買い物、観光、医療、手続きといったそれぞれの用事が、宮古にはひととおり揃っている。
しかもそれらが、車ですぐ行き来できる距離にある。
この「集まり方」が、宮古の強さにつながっている気がする。

もしかすると、周辺の町で完結していた用事が、今では少しずつ宮古に寄ってきているのかもしれない。
その流れがある限り、昼間の宮古には人の動きが残りやすい。
結果として、住民票の数字以上に“にぎわっているように見える”現象が起きているのだろう。


岩手県内の市と比べて見えてくる宮古の立ち位置

沿岸の市で比較してみる。

釜石市には釜石市民ホールTETTOなどがあり、産業と文化の街という顔もある。
ただ、国道45号や三陸沿岸道路の開通で移動が速くなった今、用事がない人は素通りしてしまうような町になっている印象がある。(釜石市のページ

大船渡市にはキャッセン大船渡、
陸前高田市にはアバッセたかた、
久慈市には道の駅くじややませ土風館など、
それぞれ中心となる施設はある。

ただ、それらは宮古のように「多機能」で「分散」しているわけではない。
宮古の特徴は、拠点が一か所に集約されているのではなく、あちこちに点在していること。
なのに、町全体としてはまとまりがある。
この「バラけているのにまとまっている」構造が、宮古の独特な立ち位置を生んでいるように感じる。

花巻市や北上市のように、住宅地が郊外に広がるタイプの内陸都市とも構造が異なる。
あちらは「住んでいる人の数」で支える町。
宮古は「用事がある人の流れ」で保たれている町、という印象だ。


宮古をつくる道。106号と45号の存在

宮古を語るとき、交通の話を外すことはできない。

盛岡と宮古をまっすぐつなぐ国道106号。
この1本があることで、内陸と沿岸の行き来がとてもスムーズになっている。

さらに、国道45号と三陸沿岸道路。
これらの道路の整備が進むことで、町は「通過される場所」と「立ち寄られる場所」に分かれつつある。

宮古は、間違いなく後者だ。
観光スポットもあれば、買い物施設もあり、道の駅もある。
車で移動する人にとって、「ついでに寄れる理由」がちゃんとある。
これが、人口減少の印象を和らげている一因だと思う。


伊豆の国市と東郷町との比較で見えてきたこと

宮古と同じくらいの人口を持つ町として、静岡県伊豆の国市と愛知県東郷町がある。

伊豆の国市は、観光のイメージが強い。(伊豆の国市の解説ブログ
伊豆長岡温泉、韮山反射炉、パノラマパークなど、外から人を呼べる観光資源が揃っている。
宮古の浄土ヶ浜に通じるものがあるかもしれない。
ただし、伊豆の国は首都圏や静岡市方面からの流入が前提にあり、地域住民の生活を引き受ける役割はそこまで強くないように見える。

一方、東郷町は名古屋のベッドタウンとしての性格がはっきりしている。(東郷町の個人ブログ
ららぽーと愛知東郷をはじめとした大型商業施設があり、住宅地としての役割が大きい。

宮古は、どちらとも違う。
観光だけでもなく、住宅地でもない。
観光、生活、手続き、買い物――複数の要素が「そこそこ強く」集まっている町。
だからこそ、人が絶えず流れ込む。


宮古の人口が「減っているように見えない」理由

ここまでをまとめてみる。

宮古市は、周辺の山田町、岩泉町、田野畑村、大槌町からの用事を引き受ける町になっている。
医療、行政、買い物、観光のすべてが、町のなかに揃っている。
そこに国道106号と45号が組み合わさることで、人の出入りが自然に生まれている。

この構造が、人口の減少スピードを体感的に和らげている。
そう感じる。

でも、実際に減っていることには変わりない。
とくに宮古駅前の静けさに触れると、それを無視することはできない。
町の中心が自然とにぎわう時代ではなくなっている。
これからは、町がどう「変形」しながら残っていくかが問われるのだと思う。


次の訪問で見ておきたい場所

次に宮古へ行くときには、この三つを同じ日に見ておきたい。

・宮古駅前の空気
・マリンコープDORAの夕方の混み具合
・国道106号を走る車の流れ

この三つを同時に見て、町全体が「減っていないように見える」のか、それとも「減っているけれど動いている」のか、その輪郭を少しでもつかめたらいいなと思う。

結論はまだ出さない。
もう少し、現地で感じながら考えていきたい。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です